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同じ釜の飯

今日の午前中、隣町の江別市にお参りに行くと一面真っ白。札幌市内よりかなり多い積雪であった。

今年の積雪量がどうなるか…。多くて嬉しい人、少なくて嬉しい人、雪国に住む者のそれぞれの悩みの季節が始まった。


「多数での会食を控えて」としきりに言われている。多数とは何人?何人までだったらいい等と言う稚拙なことはまったく思わないが…

「同じ釜の飯を食べる」と言う言葉がある。また「裸の付き合い」と言う言葉。

どちらも親密な間柄になり、言葉では表現出来ない親密な関係をさす言葉。

幾度も会っているが会っているだけの友と、寝食などを共に過ごした友と比べると、私の感じている親密度は明らかに違う。

檀家さんと旅行に行き、一緒に観光し、ご飯を食べ、お風呂に入ると言う数日を過ごすと、一気に距離が縮る。

それまで話さなかった内容の話しや、愚痴を話してくれたり、率直なお寺や仏教の疑問を尋ねられる。

またお酒が入れば、お互いおちゃらけた姿にもなり、自然と壁が無くなり親密な間柄になれた…やはりみんなで食べるって言うことは大事な事であり、大切な時間なのだと思う。

息子が幼稚園の時、檀家さんと一緒にお斎(昼食)を食べていたら、いきなり「みんなで食べると美味しいね!」と周りを見ながら言った言葉を思いだす。

いつになれば「みんなで食べると美味しいね!」と言える日がくるだろうか…


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