老い

昨日の午後、車の運転をしている最中、急に背中や腕の関節が張ったような痛さを感じ「もしかして感染症の症状か…」と何となく不安な気持ちになった。

朝も昼も検温をしても熱は無かったし、風邪の症状も無い。「なんでこんなに急に体が痛くなるんだろう…」と考えるが全く思い当たらない。雪かきの筋肉痛かと数日振り返るが、筋肉痛になるような雪かきもしていない。寝て起きて体が痛いという状況ではないので、筋肉痛とは考えられない…夜になって理由がわかった。

2日の節分に子供と豆まきををして筋肉痛になったようだ。子供二人と順番に鬼になり本気の豆まきを例年行っている。本気の豆まきとは何かと言えば、腕がちぎれると思うくらい思いっきり豆をぶつける我が家独自の無礼講の豆まき。息子たちが日頃、私へのうっぷんが有るか無いかはわからないが、鬼役の私に豆を思いっきり投げつける。ある年から、鬼を順番に行うようにして、息子も鬼になるようにしたのだが…

2日の節分で、息子が鬼になった時、私は調子に乗り、それこそ腕がちぎれるくらいの力で何度も豆を投げていた…それが背中や腕が張った(筋肉痛)原因であった。時間を置いて、急に体の至る所が張ってくると言う不自然な筋肉痛の症状は数年前に一度経験していた。

その時とまったく同じなので筋肉痛だろうと思う。運動不足と言うより「老い」を感じた。

豆まきで筋肉痛とは情けなくなるが、受け入れるしかなく、仕方ない事だろう。


コロナ関連の改正法案が成立してしまった。それも数日の審議で、よく見ても理解できないような改正であると思う。罰則規定の反対を改めて表明する。それだけでなく、休業要請や医療機関への命令など、私権などに伴う補償などについてもかなり曖昧な規定。

国会議員の飲食など余計な事に報道は流され、改正法の問題性を深く追及している報道はなかった。世論の雰囲気が罰則規定に賛成していると言う事もあるのだろうか…

改正法によって感染予防や感染収束に希望を持てるようには感じられない。

今日は辛くても、明日は希望が持てるような施策はないだろうか。改正法案の審議よりもっと政治が担う役割があるはずだと思わずにはおれない。

オリンピック組織委員会の会長の発言も、批評する事すらばかばかしく思う。しかしこの会長は議員時代からしばし様々な物議を生む発言を幾度も繰り返してきた。その人が会長なのだから当然と思うし、そのような人を会長としたのが東京都であり日本政府、オリンピック委員会なのだろうから、すべてに責任が伴う事だろうが、うやむやに終わるのも目に見えている。

人が人を裁くことは憚れるが、コロナ禍にあって未来に希望が持てないのは、国民を含め若者のせいか、この国の政治を担っている議員のせいかなのか… 仏教的に言えば誰のせいと言う事はないけれど、みんなが「私の責任」「己を見つめ直す」必要性を感じずにはいれない。