盂蘭盆 終戦記念日


お墓参りなどは早々に済ませた方も多いと思う。考えてみればコロナ渦以前より、年々お墓参りなどは早めに済ませ、お盆は休日として旅行や里帰りをして余暇を楽しむ日となってきた気がする。

まだお墓参りをしなければ…と言う風習が残っているが、日本社会で里帰りやお墓参りの風習が薄れていった時「お盆」と言う仏教行事が近いうちに無くなってしまうかも知れない。

仏教の無常の理からすれば、仏教の教え自体もいつかは消滅してしまう事は否定できないが、せめて私の次世代には、この仏教の教えを遺していきたいし、遺して行かなければならないと思いながら、本堂でお参りさせてもらった。


今日はお盆であり、終戦記念日でもある。この終戦記念日、また原爆の日も忘れさられつつあるように感じてならない。戦争は私には関係ない遠い過去の事と…

戦争の悲惨な現実、なぜ突き進んでいったのかを忘れてしまった時、同じ過ち繰り返してしまう気がしてならない。

戦争とは人殺しを美化し、英雄あつかいまでする悍ましいものなのだ。

決して繰り返してはならないと、その悍ましい体験した事実を語り継いで下さっている方がいる。その事に耳をかたむけ、わたしも次世代へと戦争を繰り返さないように、語り継ぐひとりにならなければならないと痛感する。

お盆だけ亡き人を思うのではなく、終戦記念日だけ戦争を考えるのではなく、普段の日常で考え問い続けて行くことが遺していけるひとつの方法なのだろう…

そんな事をふと思った、8月15日だった。