まわりの目…

毎日、コロナに関する報道が続いて、一年が経つ。

改めて、感染症に対応している本当に最前線の様々な現場の実情と、今報道されているもの、様々な風聞の精査をしていく事が大事ではないかと感じる。

目につく、センセーショナルな出来事は報道されるが、そうでない場合の多くは黙殺される。

「何となく誰かから聞いた話」「友達の知り合いから」などなど。伝言ゲームで伝え聞いた内容が次々と変わっている事も多い。噂が噂を呼び、火の無いところに煙をたてるような噂話からの誹謗中傷も後を絶たず、それを気にして、まわり(世間)の目ばかりを気にする生活を強いられる。


「自分が感染した時、どれだけ周りに迷惑をかけるか考えて行動をしなさい」

コロナ禍でよく聞いている言葉だが、この言葉が脅迫であり、いわれなき差別を生んでいると気づいている人はどれだけいるだろうか…

感染した自分を迷惑な存在だと自分を責めなければならない(責められて当然)ような空気を作り出している状況は、異常な社会だと早く気づいて欲しい。

コロナ感染症で亡くなられた方の遺族が、悲しみを押し殺し、親戚にも知らせず、ひっそりと生活しているような実情もある。それは「感染=迷惑」と見られる、まわりの目に怯えたものなのだろう。

「どんな事があろうと、まわりの目に怯える必要などないですよ」そんな政策が無いものだろうか…