ばたばたと…

ここ数日、色々な事でばたばたとしてしいた。

師走だからと言うわけではないが、何んとなく気忙しい数日だった。

コロナについての全国テレビ報道は、春先からほとんどかわらない。

東京の感染者数の速報。経済か医療か。人出の増減…。

最近はGOTOへの賛否を永遠と論じていた。それぞれに勝手な事を論じているように感じ、私のとって頼りにできる情報はほとんど無かった。

何がいいとわからず、言う事は出来ないが、政府行政もメディアもどこか論点がずれ、矛盾している事を言い合い、言い続けていると感じるのは私だけか…

困窮し疲れ切っている人が多い事は事実。希望が見いだせない人を蚊帳の外に「ああでもない。こうでもない」と言い合っているのを見ながら、ばたばたと一年が終わっていく虚しさを感じている人が多いと感じる。

コロナウイルスが憎いが、ここまで様々に振り回されているのは人間社会の在り方が問題なのだろうと思っている。


ばたばたとした数日の中で、本願寺派の宗会議員選挙が行われた。日本の国会より古いと言われ、手本にした議会制民主主義システムだと聞いている。地方から選挙を経て選出された議員が集まり、本願寺派としての大切な方針を決定していく機関でもある。

しかしながら、今の日本の国会(議員)と同じような状況に陥ってきていると感じる。国会にあたる宗会と言う議会が、ただ組織を守る事ばかりを考えていると感じる僧侶は多いだろう。その為に何も期待しない、無関心な僧侶が私を含め多いだろう。

本願寺派として、今、大事な事は何か。今、問題になっている事は何か… 組織としてのスローガンは耳障りよく、すばらしいのだが… 現実はどうなのかと考えると、乖離している。悲しく恥ずかしい事だが、乖離している事すら感じない僧侶宗会の議員が多いのも事実だろう。

寺院もコロナ禍に於いて、様々に苦慮しながら歩んできた一年であった。

コロナ以前より、問題と課題が山積みであった本願寺派。コロナにばたなたと流され、追われることなく、山積みされた課題・問題に対して、真摯に向き合い、実効性ある対策を考えて行って欲しいと願う。

仏教の教えで感染症を無くす事はできないが、仏教の教えによって、今の社会に渦巻く心の不安を受け止める受け皿ぐらいはできるのだから。