「なぜ君は総理大臣になれないのか」

昨日と今日、ご門徒さんのご法事をお寺の本堂で勤めさせて頂いた。

すべて家族だけでのご法事だったが、自宅より広い本堂で勤めた方が安心感もあり、集まりやすいと言う理由が大きかったと思う。不安で外出を自粛し、お寺までお越し頂けないご門徒さんも多くいらっしゃるが「本堂でお参りする事は不安少ない」と感じてもらえるように準備し、伝えて行こうと思っている。


ご法事を終えて、明日2月1日の常例法座準備をして、思ったより早く終わったので、前から気になっていたドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」(大島新 監督)をネットテレビで視聴した。札幌でも劇場公演をしていたがタイミングが合わず鑑賞できず残念に思っていたが、ネット配信で視聴できるようになっていた。

2003年に民主党から衆議院議員に立候補した小川純也氏(当時32歳)を立候補当時から昨年まで17年間追ったドキュメンタリー映画。

私が抱いている政治家のイメージがかなり変わったと同時に、こんな人なら政党などに一切関係なく応援したいと感じさせられた映画でもあった。大島新監督が視聴者にそう感じられるように撮影したわけではないだろう。言うなれば小川純也氏の愚直さ、悶々と逡巡する人間らしさに私は感銘を受けた。ある決め事で49対51と言う結果が出た時、政治家(民主主義)は、49の方を選んだ人の事を考えて行動して行かなければならない… 小川氏はそんな言葉を言っていた。言ってみれば応援してくれる人や特定の人でなく、全国民の事を考え続けなければならないのが政治家なのだということなのだろう。だからこそ政治家として小川氏は逡巡し悶々とするのだと思う。

私と変わらない同世代の国会議員が、17年間もこんなに愚直にがんばっていたと思うと少しは希望を感じるし、きっと変わっていくだろう。